Dove Meets Cat

2015.10.25 秋M3 destiny様より無料頒布された小説冊子『言の葉×音の楽』に掲載いただいた物語です。
本編の前日譚・アークとリカルドの出会い。アーク視点の物語。

東側からやってきた、太陽の光。それはみるみる内に高くのぼっていく。遠くの海に、山に、明るさが広がっていった。そして、その大きな光は、この小さな街も照らしていく。今日はどんな一日になるのかな。良いことがたくさんありますように。太陽は優しく強く、街に姿を現した。
大きな光を受けながら、ハトの群れが街の空を翔る。西へ東へ、上へ下へ、彼らは力いっぱい飛んでいた。時刻は6時よりも前。眼下に広がる街は、まだ半分眠っているようだ。
「今日は晴れそうだな!」
「ほんっと。気持ちいい日だな。ずっと雨が続いたもんなー!」
ハトたちは大きく羽ばたきながら、太陽の訪れを喜んだ。
「雨だと人間があまり外に出ないからね」
「ねえ。おかげで豆がまかれなくって。僕、深刻な豆不足だよ」
ぐるぐると、何度空を回ったろうか。彼らは、時計塔の屋根で羽休めをすることにした。沢山の羽の音が響く。
屋根の上には、大きな鐘。毎日3回、決められた時間に鳴るそれは、小さな街いっぱいに高い音を響かせるもの。
「このカンカン時計も、だんだんおんぼろになってきてる」
「でも、よく動いてるよな」
「ここん家のおじいさんが、よく手入れをしてるらしいね」
くるくる、ぽっぽぽっぽ。人にはそうとしか聞こえない声で、彼らの会話は今日も弾んでいる。
屋根の上を小さく跳ねていた、一回り大きなハトが少し大きな声をあげた。
「おーい。そろそろ鐘が鳴る時間だぞ」
つまりそれは、羽休めの終わりを示している。鐘を鳴らすおじいさんがやってくる前に飛び立つのが、彼らの習慣だった。
「いけね」
「行こうか」
十数羽いたハトが次々と屋根を離れていく。空は、すっかり水色になっていた。最後に残ったハト――アークもまた、仲間に続いて飛び立とうとしていた。
その時だった。
「?」
アークの視線の先、時計塔の鐘の元に現れたのは、いつもの人間のおじいさんではなくて。
「なんだ、アイツ?」
見慣れない黒ネコが、ひょこひょことやって来た。昨日まで降り続いていた雨で、湿っている屋根。ネコは一度、つるんと足をとられるが、すぐに姿勢を立て直す。
「あぶなっかしいな」
他人、ならぬ他ネコ事ながら、アークは少しぎょっとした。ネコだから、屋根から落ちるというようなことはないと思うけれど。
「おーい! アーク、来ないのー?」
空から降ってくる仲間の声。その声は大きく旋回しながら、時計塔から離れていく。アークはちらりと空に視線を走らせながら、少し早口で応えた。
「ああ、先行っててくれ!」
彼が再び視線を鐘に戻すと、黒ネコは鐘をじっと見上げ、後ろ足で立ちあがっていた。
「おいおい、なにやってんだ?」
何ともこっけいな様子に、思わず笑みがもれた。
(いや、いつものじいさんは来ないのか?)
おじいさんが屋根にあがってくる時間はとっくに過ぎている。アークの心の不思議は大きくなり、目の前でおかしな動きをしている黒ネコへの興味へと変わる。その思いは、黒ネコの元に彼の足を運ばせることとなった。
(ま、ヘンなことされそうになったらすぐ飛んで逃げりゃいいし)
彼は柔らかく飛び立って、黒ネコのいる鐘の元に降り立つ。
「おい。何やってんだ、お前?」
「っ!?」
黒ネコは、弾かれたように振り返る。驚いたその表情はすぐに、真剣なものに変わった。
「鐘を鳴らすんだよ」
「えっ」
言い終わらない内に、黒ネコはぴょんと跳ねた。前足でつかんだのは、鐘からふわりと下がるヒモ。そして体重をかけるように、黒ネコはひもを引き下げた。
乾いた鐘の音が、大きく広く鳴る。聞きなれている音だけれど、こんなに間近で聞いたのは初めてだ。アークは思わず体に力を入れた。しかし、彼が驚いたのは、鐘の音の大きさよりも。
「おまっ、なんでネコが鐘を」
大きな鐘に負けない声をあげる。しかし、すぐにネコの声が続いた。
「どうしようっ、これ、何回鳴らすんだっけ!?」
「へ!?」
明らかに慌てた様子でヒモを引っ張る黒ネコ。恐らく、アークの疑問は届いていない。
「あれっ、ええと、6時の鐘だから」
「6回だよ!!」
アークは反射的に、大きな声を張り上げた。恐らく、いや確実に、ハト生涯で一番の大声だ。
「えっ、ろっかい!?」
今度は、黒ネコにもその声が聞こえたらしい。
「朝の鐘は6回だ!」
毎朝聞いている、そぼくだけれどきれいな音。本来だったら、空高く街を眺めながら聞いている音。その回数はしっかりと覚えていた。
「そっか! じゃあ……え、ああっ、あと何回鳴らせば良いんだ!?」
「はい!?」
ひっくり返ったアークの声に重なるように、鐘の音が鳴る。アークは捲し立てるように続けた。
「今ので5回だよ! あと1回、ヒモを引きゃ良いんだよ!」
「あと1回か! よしっ」
アークの大声に、少し落ち着きを取り戻したらしい黒ネコは、めいっぱいの力で6回目の鐘を鳴らした。
街中に響く、優しい音。その一方で黒ネコはヒモを離し、屋根の上に倒れ込んだ。ぜえ、ぜえ、と呼吸が荒い。
「お、おい、お前大丈夫か?」
アークが声をかけると、黒ネコはゆっくりとアークの方に顔を向けた。疲れているようだが、その表情は晴れやかだった。まるで、この青空のような。
「ありがとう。助かったよ、ハト君」
「いや、俺は別に。っつーか、何でお前が鐘鳴らしてんだ? いつも、じいさんがやってるだろ? しかもお前、ネコなのに」
「うん、そうなんだけど」
少し呼吸も整った様子の黒ネコは、しゃんと起き上がった。
「おじいさん、さっき、急に足が痛みだしちゃって」
「足が?」
響き続けていた最後の鐘の余韻は、やがて太陽の光に溶けるように、消えていった。
「うん。だからさ、屋根まで上がってこれなかったんだ。誰か代わりにお願いしたくても、もう時間もなかったし。ここん家のコッキー……おじいさんの孫の女の子はまだ小さいし、危ないから」
「それでお前が? いや、お前も小さいと思うけど」
アークの言葉などお構いなしに、黒ネコは続けた。
「でも僕、ネコになったから。小さくたって身軽だし、屋根から落ちても平気だから」
「まあ、確かにそういう点じゃ、人間の方が危な……ん!?」
途中で違和感を覚えたアークは、疑問をぶつける。
「お前、"ネコになった"って……なんだ、それ……?」
「ああ、僕、前は人間の子どもだったんだよ」
黒ネコは、カラリと明るく笑った。
「えっ……は、うえ!?」
本日2度目。アークの声がひっくり返る。
「な、何だそれ!? 前は人間!? え!? え!?」
「僕にだって分かんないけど。気付いたらネコに生まれ変わってて、この時計塔の近くにいたんだ。つい、最近のことさ。この街にやって来たばかりなんだ」
「いや……いやだって、そんなことが……」
あるのかよ、というアークの言葉より先に、黒ネコはにこにこと続けた。
「ありがとう。君のお陰で、無事に鐘が鳴らせたよ。僕、とっても嬉しい!」
(……なんだか、こいつと話してると自分のペースが崩れるな。こいつのペースに呑まれるというか)
「いや、お前、その小せえ体でよく鐘を鳴らせたな。それもびっくりした」
「へへ。こう見えても、ちょっと力はあるんだ」
少し誇らしげに、黒ネコは微笑んだ。一方、頭の中がややごちゃごちゃしているアークは、もう一つ尋ねる。
「なあ、昼と夜の鐘も、お前が鳴らすの?」
「あの様子だと、おじいさんは無理しない方がいいと思うんだ。こうして朝、僕が鐘を鳴らしたからさ、もしかしたら、お昼も任せてもらえるかなーって思う。僕、これからも、鐘を鳴らしていきたいな」
「鐘を鳴らすネコなんて、初めて見たぜ」
嬉しさいっぱいの黒ネコと対照的に、アークはさっきから驚きっぱなしだ。
「あ、おじいさんが心配だ。僕、もう行くね!」
言いながら、黒ネコはぴょこぴょこ走り出した。屋根のふちまで駆けた彼は、一度止まって、鐘のところにいるアークの方を向く。すっかりのぼりきった太陽の光を受けながら、黒ネコはよく通る声をあげた。
「ハト君、本当にありがとう。また!」
「あっ、おい」
アークの返事を聞かず、黒ネコは屋根を下りて行った。

「……なんだったんだ、アイツ……」
まさしく"鳩が豆鉄砲を喰らった"表情で、アークは立ち尽くしていた。ちょっとした興味本位で話し掛けた黒ネコだったけれど。鐘を鳴らすわ、元々人間の子どもだと言うわ。自分の知っているネコとまるで違う彼の生き方に、頭を引っかき回されてしまった。果たして、あの黒ネコはお昼にもやってくるのか。
まだ頭の整理はつかないまま、それでもアークはくすりと笑った。
「あいつ、昼の鐘が12回って、知ってんのか?」
今日のお昼も、もしかしたら回数を知らないまま、彼はやってくるかもしれない。
別に、教えてやる義理なんてない。けれど、アークの中で無意識の内に、彼に対する興味が大きくなっていた。
もし、昼の鐘の時間に黒ネコが再びやって来たら。鐘の回数と、自分の名前を教えてやろうか。もちろん、アイツの名前も教えてもらって。そして、彼の不思議ないきさつについて、聞いてみようかな。
仲間たちの姿がすっかり見えなくなった空へ、アークは飛び立った。柔らかい風を切って進む。

眼下に広がる街は、すっかり目を覚ましていた。

2016/05/24 up

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企画(サイト)名:Ding Dong Cat
企画:えんぷう亭
URL:http://emputei.info/ddc/
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